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前回の続き。
仕事の面では充実感はありましたが、対人関係は改善されないままでした。
まず、話しかける機会を作れなかった。
基本的に受け身なので、誰かから話しかけてきてもらわないと、自分から話を持ちかけることはめったにありません。
ところが、奇妙なことに「仕事に関する話」はできるのです。始めた当初は誰よりも細かく質問をしていましたし、ちょくちょく不明点を聞いて回っていたので、きっと職場の誰も私が障害を抱えているとは思わなかったはずです。
なのに、雑談はできない。特に「話の輪に加わる」ことは大の苦手です。
あまりにもコミュニケーションを取る機会がなかったので、これまで何年も吸っていなかったタバコに頼ることにしました。喫煙所でちょっとした雑談をしようと考えたのです。
でも、それも充分に機能したとはいえませんでした。一対一の状況になった時にほんの一言、二言会話を交わす程度。それに、既に輪ができている場所には最後まで加わることができませんでした。
そのような状況でしたから、少なからず疎外感を覚えていました。
「最低限必要な会話はできるが、人間関係を円滑にする雑談はできない」
それに加えて
「自分の思考をリアルタイムに話し言葉にすることができない」
これが私の障害の最も大きな問題です。
だから「何を考えているか分からない」という評価をされることになります。
無口だからといって、語るべき言葉を持っていないわけではありません。そのことはこのブログを読んで頂ければ分かるでしょう。
それを表に出せないだけなのです。
そこまで書いてふと思い出しました。
加藤智大容疑者のことを。
彼もきっと、語るべき言葉を持っていながらそれを表に出せなかったのでしょう。
だからといって無関係の他人の命を奪っていいわけはありませんが。
罪は償わなければなりません。死刑になっても仕方ない大きな罪です。
ですが、彼がそこに至るまでに味わった苦悩を想像すれば、全人格を否定することはできません。
今、「罪を憎んで人を憎まず」という言葉の意味を身をもって実感しています。
話を戻します。
自分の評価について疑心暗鬼に陥ることもありました。今でも「変な人」扱いされていたのではないかと思っていないこともありません。
もっとも、実際には「関心なし」という人が一番多かったと思われますが。
自分が考えているほど人は自分に関心を持っていないものです。
頭では分かっているのですが、感覚的にはそうではありません。
ASは、人との距離感が不適切だといわれています。相手にとっては近すぎたり遠すぎたりと、対人距離をうまく量れないそうです。
それを考えると、自分は典型的なASの症状を持っていることになります。
相手が近いと思っていない人にずけずけと近づけば、寂しい思いをするだけです。
それを分かってはいても、じゃあどうすればいいのかというと、誰からも離れるという選択しか思いつきません。
ASにとって、いや私個人にとって「相手の気持ちを考える」とは「相手と関わらない」という意味です。
それをすれば寂しさは募るばかりだし、でも自分の気持ちを優先すれば相手を傷つけてしまう。
ですから、職場の人間関係を悪化させないためには、最初から誰からも距離を取るしかありません。
前の仕事での最大の心残りは、個人的な信頼関係を構築できなかったことです。
これができないと、次の仕事でも同じように寂しい思いをするでしょう。
なんとしても克服しなければならないのですが、その方法は今のところ思いつきません。
私は決してエリートではなかったし、家も貧乏です。
最終学歴は工業高校卒。これについては大きなコンプレックスを抱いています。
それでもとりあえず某メーカーに就職することができました。
しかし、民間企業は学校とは違います。それまで隠蔽されていたコミュニケーション能力の欠如が大きな問題となって自分にのしかかってきました。
「仕事は見て覚えろ」と言われても、きっちりした手順も決められておらず、「何の為にそれをやるのか」も分からない状態では、パニック状態になるだけで結局何も覚えられませんでした。
電話を取るにも、一旦心の準備をしないとしどろもどろになります。当然「電話が鳴ったらすぐに取れ」と言われますが、取っても会話するだけでいっぱいいっぱいで、電話を切った途端に内容を忘れてしまうことも多々ありました。
就職してからの10年は「失われた十年」と言ってよいものでした。
自信は粉々に打ち砕かれ、向上心も失われ、まさにノッペラボーの毎日を過ごしていました。
それで上司に「辞めたい」と言ったのですが、いつの間にか「地元に帰りたい」という希望にすり替わり(それは単なる口実だったのに)、地域にサービス部門のある子会社に出向になりました。
その頃、元からあったコミュニケーション障害に加えてうつ病を患っており、流れに逆らって強引に退職することもできない状態にありました。
子会社は外勤もあり、客先とのコミュニケーションが必須となります。
言うまでもなく、そんなことできるわけがありません。
それで、この時ばかりは強い希望を上司に訴え、内勤部門に変えてもらいました。
その部門でも満足な仕事ができたとは言いがたいのですが、それなりに自信を回復することができました。
仕事にはやり甲斐もありましたし、またある程度の意識改革ももたらされたからです。
自分の仕事の範囲には明確な目標が示されていて、それを達成する為に創意工夫をする意識が芽生えました。
また、資格取得を強く薦められたのですが、そこで自分でも驚くくらい多くの資格を取得することができました。
目標達成はそれ自体自信にもなりましたが、それ以上に努力すれば報われることの喜びを覚えたことが大きかったと思います。
その意識は今でも生きています。
しかし、意欲を燃やせば燃やすほど、睡眠時間が削られます。
元々過睡眠の症状があったのですが、それで睡眠時間が少なくなるのですから、神経がやられるのは当然です。
6時間寝れば充分な定型発達者ならそれなりにやっていけたでしょう。しかし、私は8時間寝ないと持たないのです。
寝不足が続くと休日を潰すくらい延々眠り続けることになります。
その結果、うつ病が悪化し、結局退職することになりました。
これはやはり脳の作りそのものが普通ではないとしか思えませんでした。
そうして長い間症状を自覚しながら、何が悪いのか分からない状態が続いていたのですが、最近ようやく「発達障害」という明確な診断を頂きました。
障害の存在が分かったからといっても、根本的な解決にはなりません。
自分の障害が分かっていても、周りがそれに配慮してくれるわけではありません。
今の私の課題は、自分の障害とうまく付き合っていくことです。
仕事の面では充実感はありましたが、対人関係は改善されないままでした。
まず、話しかける機会を作れなかった。
基本的に受け身なので、誰かから話しかけてきてもらわないと、自分から話を持ちかけることはめったにありません。
ところが、奇妙なことに「仕事に関する話」はできるのです。始めた当初は誰よりも細かく質問をしていましたし、ちょくちょく不明点を聞いて回っていたので、きっと職場の誰も私が障害を抱えているとは思わなかったはずです。
なのに、雑談はできない。特に「話の輪に加わる」ことは大の苦手です。
あまりにもコミュニケーションを取る機会がなかったので、これまで何年も吸っていなかったタバコに頼ることにしました。喫煙所でちょっとした雑談をしようと考えたのです。
でも、それも充分に機能したとはいえませんでした。一対一の状況になった時にほんの一言、二言会話を交わす程度。それに、既に輪ができている場所には最後まで加わることができませんでした。
そのような状況でしたから、少なからず疎外感を覚えていました。
「最低限必要な会話はできるが、人間関係を円滑にする雑談はできない」
それに加えて
「自分の思考をリアルタイムに話し言葉にすることができない」
これが私の障害の最も大きな問題です。
だから「何を考えているか分からない」という評価をされることになります。
無口だからといって、語るべき言葉を持っていないわけではありません。そのことはこのブログを読んで頂ければ分かるでしょう。
それを表に出せないだけなのです。
そこまで書いてふと思い出しました。
加藤智大容疑者のことを。
彼もきっと、語るべき言葉を持っていながらそれを表に出せなかったのでしょう。
だからといって無関係の他人の命を奪っていいわけはありませんが。
罪は償わなければなりません。死刑になっても仕方ない大きな罪です。
ですが、彼がそこに至るまでに味わった苦悩を想像すれば、全人格を否定することはできません。
今、「罪を憎んで人を憎まず」という言葉の意味を身をもって実感しています。
話を戻します。
自分の評価について疑心暗鬼に陥ることもありました。今でも「変な人」扱いされていたのではないかと思っていないこともありません。
もっとも、実際には「関心なし」という人が一番多かったと思われますが。
自分が考えているほど人は自分に関心を持っていないものです。
頭では分かっているのですが、感覚的にはそうではありません。
ASは、人との距離感が不適切だといわれています。相手にとっては近すぎたり遠すぎたりと、対人距離をうまく量れないそうです。
それを考えると、自分は典型的なASの症状を持っていることになります。
相手が近いと思っていない人にずけずけと近づけば、寂しい思いをするだけです。
それを分かってはいても、じゃあどうすればいいのかというと、誰からも離れるという選択しか思いつきません。
ASにとって、いや私個人にとって「相手の気持ちを考える」とは「相手と関わらない」という意味です。
それをすれば寂しさは募るばかりだし、でも自分の気持ちを優先すれば相手を傷つけてしまう。
ですから、職場の人間関係を悪化させないためには、最初から誰からも距離を取るしかありません。
前の仕事での最大の心残りは、個人的な信頼関係を構築できなかったことです。
これができないと、次の仕事でも同じように寂しい思いをするでしょう。
なんとしても克服しなければならないのですが、その方法は今のところ思いつきません。
私は決してエリートではなかったし、家も貧乏です。
最終学歴は工業高校卒。これについては大きなコンプレックスを抱いています。
それでもとりあえず某メーカーに就職することができました。
しかし、民間企業は学校とは違います。それまで隠蔽されていたコミュニケーション能力の欠如が大きな問題となって自分にのしかかってきました。
「仕事は見て覚えろ」と言われても、きっちりした手順も決められておらず、「何の為にそれをやるのか」も分からない状態では、パニック状態になるだけで結局何も覚えられませんでした。
電話を取るにも、一旦心の準備をしないとしどろもどろになります。当然「電話が鳴ったらすぐに取れ」と言われますが、取っても会話するだけでいっぱいいっぱいで、電話を切った途端に内容を忘れてしまうことも多々ありました。
就職してからの10年は「失われた十年」と言ってよいものでした。
自信は粉々に打ち砕かれ、向上心も失われ、まさにノッペラボーの毎日を過ごしていました。
それで上司に「辞めたい」と言ったのですが、いつの間にか「地元に帰りたい」という希望にすり替わり(それは単なる口実だったのに)、地域にサービス部門のある子会社に出向になりました。
その頃、元からあったコミュニケーション障害に加えてうつ病を患っており、流れに逆らって強引に退職することもできない状態にありました。
子会社は外勤もあり、客先とのコミュニケーションが必須となります。
言うまでもなく、そんなことできるわけがありません。
それで、この時ばかりは強い希望を上司に訴え、内勤部門に変えてもらいました。
その部門でも満足な仕事ができたとは言いがたいのですが、それなりに自信を回復することができました。
仕事にはやり甲斐もありましたし、またある程度の意識改革ももたらされたからです。
自分の仕事の範囲には明確な目標が示されていて、それを達成する為に創意工夫をする意識が芽生えました。
また、資格取得を強く薦められたのですが、そこで自分でも驚くくらい多くの資格を取得することができました。
目標達成はそれ自体自信にもなりましたが、それ以上に努力すれば報われることの喜びを覚えたことが大きかったと思います。
その意識は今でも生きています。
しかし、意欲を燃やせば燃やすほど、睡眠時間が削られます。
元々過睡眠の症状があったのですが、それで睡眠時間が少なくなるのですから、神経がやられるのは当然です。
6時間寝れば充分な定型発達者ならそれなりにやっていけたでしょう。しかし、私は8時間寝ないと持たないのです。
寝不足が続くと休日を潰すくらい延々眠り続けることになります。
その結果、うつ病が悪化し、結局退職することになりました。
これはやはり脳の作りそのものが普通ではないとしか思えませんでした。
そうして長い間症状を自覚しながら、何が悪いのか分からない状態が続いていたのですが、最近ようやく「発達障害」という明確な診断を頂きました。
障害の存在が分かったからといっても、根本的な解決にはなりません。
自分の障害が分かっていても、周りがそれに配慮してくれるわけではありません。
今の私の課題は、自分の障害とうまく付き合っていくことです。
前回の続き。
対人関係が苦手で、そして集中力に問題のある私にとって、ひとつの仕事に集中できる環境は本当にやりやすく感じていました。
電話応対もなかった。突発的な業務の変更もなかった(自分になかっただけで他の人にはありましたが)。
とにかく今目の前にある仕事をやり遂げればよかった。
はっきりとした目標があり、それを阻害する要因がなかったということは、AS者の私にとって理想的な環境と言えるものでした。
また、かなり自由の利く職場であり、自分なりのペースで作業を進められたので、きわめてやり易い環境でした。
それに、知的好奇心も満たせました。
私は名前や地名に強い関心を抱いています。ですから、珍しい名前を目にしたり、難読地名の読み方を覚えたりするのも楽しいことでした。難読地名はわざわざ読み方を調べたりもしました。
(言うまでもないことですが、仕事を通じて接触した個人情報を自分のウェブサイトやブログのネタにすることはありません。ネタにしたいような珍名さんを目にしたこともありますが、それは守秘義務に反するので使えないのです)
地名の読み方を覚えれば、知的好奇心を満たせるし、単漢字変換するより変換スピードを上げられるし、一石二鳥でした。
知恵と工夫で入力効率を上げることもやり甲斐のある仕事の一環でした。
たとえば、よく入力する言葉を短い単語にするのは誰でもやっていることでしょうが、あまり短い言葉だと他の変換の邪魔になるので、思考を妨げないよう(一発変換できるよう)他の単語と被らないよう同じ単語がないような読み方で登録していました。
また、主にMicrosoft Excelを使っていたのですが、セルの横移動にEnterキーを使わずTabキーを使って右手にばかり負担が掛からないようにしたり、よく入力のある列にダミーデータを入れておいてCtrl+→でそのセルに飛べるようにしたり、そういった工夫でスムーズに効率よく作業できるようにするのが楽しくて仕方ありませんでした。
常に「作業改善」を意識するのは、以前勤めていた会社でそういった思考を叩き込まれたからです。「手を抜けるところは手を抜け」これが前の職場の鉄則でした。仕事の質を落とせという意味ではなく、ルーチンワークは省力化してその分生産的なことに時間を費やせという意味です。
それに、自分には苦手なことがあり、それをカバーするには創意工夫が必要だという意識が組み合わさって、こういったやり方を模索し、実施することになったのです。
そんなことを常に考えていたのは私の他に監督者だけだったようですが。
普通の人は単なるアルバイトでそこまで考えないでしょうし、またそれが求められる職場でもありませんでした。
自分がそこまでやっていたのは、体に染み付いた意識もありますが、人より上回りたいという欲求があったからです。
正直、私がここまで人に勝ちたいと考えるとは、自分でも意外でした。
私が一番を目指したのは、CCNA取得研修の時以来だったかもしれません。
あの時は「サルでも合格できる虎の巻」があり、それ以前からコツコツ勉強していた私は、自分のプライドに賭けて「一番のスコアで合格しなければ意味がない」と考えました。結果は…非公開なので順番は分かりませんが、ほぼ満点に近いスコアでしたので、自分では満足しました。
おそらく、こういった「100か0か」的な思考はAS的な部分から来るものです。
ですが、他人に完璧な仕事を求めることはありません。逆に、至らない部分がある人からどうやったらより良いパフォーマンスを引き出せるのか、それを常に考えてきました。
自分に苦手があるからこそ、他人の苦手な部分には鷹揚に対応してきたつもりです。
ただ、自分が指導的な立場にある期間は短く、またコミュニケーション能力が低くて上位職者に訴えることも困難なので、そういった意識が生かされることはほとんどなかったのですが。
もしかすると「認められたい」願望もあったかもしれません。
ある特定の人に「あの人すごーい」「努力家なんですね」と尊敬されたい気持ちもなかったわけではありません。
しかし、実際にはコミュニケーション能力の問題で「なんか変な人」と思われただけだったようですが。
仕事の上では恵まれていましたが、賃金はそれなりでした。
それが安定していればやっていけなくもない金額だったのですが、1週間以上仕事がないことがあり、借家の一人住まいである自分にとってははさすがにやっていけない収入になってしまったので、仕事を変わらざるを得なくなったのです。
正直言って辞めたくはなかった。
でも生活していけないのでは仕方ありません。自宅があるか、収入がへこんだ時に親兄弟に頼れるのなら辞めなくてもよかったのですが。
つづく。
対人関係が苦手で、そして集中力に問題のある私にとって、ひとつの仕事に集中できる環境は本当にやりやすく感じていました。
電話応対もなかった。突発的な業務の変更もなかった(自分になかっただけで他の人にはありましたが)。
とにかく今目の前にある仕事をやり遂げればよかった。
はっきりとした目標があり、それを阻害する要因がなかったということは、AS者の私にとって理想的な環境と言えるものでした。
また、かなり自由の利く職場であり、自分なりのペースで作業を進められたので、きわめてやり易い環境でした。
それに、知的好奇心も満たせました。
私は名前や地名に強い関心を抱いています。ですから、珍しい名前を目にしたり、難読地名の読み方を覚えたりするのも楽しいことでした。難読地名はわざわざ読み方を調べたりもしました。
(言うまでもないことですが、仕事を通じて接触した個人情報を自分のウェブサイトやブログのネタにすることはありません。ネタにしたいような珍名さんを目にしたこともありますが、それは守秘義務に反するので使えないのです)
地名の読み方を覚えれば、知的好奇心を満たせるし、単漢字変換するより変換スピードを上げられるし、一石二鳥でした。
知恵と工夫で入力効率を上げることもやり甲斐のある仕事の一環でした。
たとえば、よく入力する言葉を短い単語にするのは誰でもやっていることでしょうが、あまり短い言葉だと他の変換の邪魔になるので、思考を妨げないよう(一発変換できるよう)他の単語と被らないよう同じ単語がないような読み方で登録していました。
また、主にMicrosoft Excelを使っていたのですが、セルの横移動にEnterキーを使わずTabキーを使って右手にばかり負担が掛からないようにしたり、よく入力のある列にダミーデータを入れておいてCtrl+→でそのセルに飛べるようにしたり、そういった工夫でスムーズに効率よく作業できるようにするのが楽しくて仕方ありませんでした。
常に「作業改善」を意識するのは、以前勤めていた会社でそういった思考を叩き込まれたからです。「手を抜けるところは手を抜け」これが前の職場の鉄則でした。仕事の質を落とせという意味ではなく、ルーチンワークは省力化してその分生産的なことに時間を費やせという意味です。
それに、自分には苦手なことがあり、それをカバーするには創意工夫が必要だという意識が組み合わさって、こういったやり方を模索し、実施することになったのです。
そんなことを常に考えていたのは私の他に監督者だけだったようですが。
普通の人は単なるアルバイトでそこまで考えないでしょうし、またそれが求められる職場でもありませんでした。
自分がそこまでやっていたのは、体に染み付いた意識もありますが、人より上回りたいという欲求があったからです。
正直、私がここまで人に勝ちたいと考えるとは、自分でも意外でした。
私が一番を目指したのは、CCNA取得研修の時以来だったかもしれません。
あの時は「サルでも合格できる虎の巻」があり、それ以前からコツコツ勉強していた私は、自分のプライドに賭けて「一番のスコアで合格しなければ意味がない」と考えました。結果は…非公開なので順番は分かりませんが、ほぼ満点に近いスコアでしたので、自分では満足しました。
おそらく、こういった「100か0か」的な思考はAS的な部分から来るものです。
ですが、他人に完璧な仕事を求めることはありません。逆に、至らない部分がある人からどうやったらより良いパフォーマンスを引き出せるのか、それを常に考えてきました。
自分に苦手があるからこそ、他人の苦手な部分には鷹揚に対応してきたつもりです。
ただ、自分が指導的な立場にある期間は短く、またコミュニケーション能力が低くて上位職者に訴えることも困難なので、そういった意識が生かされることはほとんどなかったのですが。
もしかすると「認められたい」願望もあったかもしれません。
ある特定の人に「あの人すごーい」「努力家なんですね」と尊敬されたい気持ちもなかったわけではありません。
しかし、実際にはコミュニケーション能力の問題で「なんか変な人」と思われただけだったようですが。
仕事の上では恵まれていましたが、賃金はそれなりでした。
それが安定していればやっていけなくもない金額だったのですが、1週間以上仕事がないことがあり、借家の一人住まいである自分にとってははさすがにやっていけない収入になってしまったので、仕事を変わらざるを得なくなったのです。
正直言って辞めたくはなかった。
でも生活していけないのでは仕方ありません。自宅があるか、収入がへこんだ時に親兄弟に頼れるのなら辞めなくてもよかったのですが。
つづく。
この4ヶ月余りやってきた仕事はパンチャー、つまり入力業務です。
パンチャーの仕事を専門にやったことは過去にありませんでしたが、幸いにもそちらの会社は経験不問で雇ってくれました。
専門にやったことはないというだけで、それに準じた業務をしたことがないわけではありません。なんでも屋的にやらされていたのが役に立ちました。
私はキータイプをきちんと学んだことはありません。
高校は工業系だったのでパソコンの操作そのものは学びましたが、キー入力のスキルは独学で身に着けたものです。
以前、日本語の文章筆記はかな入力で行っていました。当時は日本語ワープロ専用機が幅を利かせていましたし、パソコンでかな入力しようにもそもそもFEP(IME)のないものもあって、かな入力が当たり前だと思っていたからです。但し、BASICも使っていたので、必然的に英文のタイプもできるようにはなっていました。
とはいえ、当時はいわゆる「面かぶり」、つまりキーボードを見ながらの入力しかできなかったのですが。
ワープロ専用機が衰退し、パソコンもいわゆる「DOS/V」機(文字通りDOSが動いていた)が主流になってくると、ちょっと困った問題が生じるようになってきました。
それは、かなの刻印されていない英字キーボードを使うようになったということ。
もとよりそれほどかな入力に馴染んでいたわけではなく、どのキーを押したらどの文字が出てくるのかわからない状態だったので、やむを得ずローマ字入力を併用するようになりました。
それからWindows 95の頃まではローマ字とかなを併用していたのですが、それぞれ長所と短所がありました。
かな入力 長所:打鍵数が少なくて済む 短所:タッチタイプできない
ローマ字入力 長所:ホームポジションから外れる回数が減る 短所:打鍵数が多くて肩が凝る
スピードはどっこいどっこいでした。ローマ字でもタッチタイプは不充分でしたし、なにしろ疲れるので効率が良くなかったからです。
しかし、次第に世の中ローマ字入力が主流になり、自分がメインで使うパソコン以外のものが標準的にローマ字入力設定されているのが当たり前という状態になってきました。
そうすると、必然的にローマ字がメインになります。
更にパソコンを使う機会そのものが増えてきたのもあり、タッチタイプも不充分ながら自然とできるようになっていました。
そういった経緯で私も全面的にローマ字専門に移行したのです。
今でもかなで入力しろと言われたら、タッチタイプこそ出来ませんが可能ではあります。
その後一念発起し、本格的にタッチタイプを習得しようとしました。
元々ホームポジションなど意識せずに自己流でキーを叩いてきたので悪い癖が付いていたのですが、それを克服するのは結構大変な作業でした。
また、私は発達障害持ちなので(それが分かったのは最近ですが)、手先が人並み外れて不器用です。
小学生の頃、リコーダーが吹けなくて散々苦労しましたし、結局最後までうまく吹くことはできませんでした。その最大の理由は、指の動きがうまくコントロールできないからです。
それはゲームをする時にも同じで、シューティングゲームはあれだけやり込んでもやはり微妙なコントロールが出来ずにヘタクソなままです。
キーボードを叩く時にもその影響は出ています。
努力の結果、タッチタイプはマスターしました。手元を見なくても入力作業は行えます。
しかし、ミスタイプはいつまで経っても無くなりません。
その他にも、特定の流れの単語をタイプしようとしたら指がもつれたり(常に起きるから頻出単語はもつれ前提で辞書登録している)、テンキーがうまく打てなかったり(電卓もプッシュホンもダメ)もします。
ミスのない打鍵ができるようになるのはほとんど不可能と思えるくらい困難を極めました。
そのため、少々ミスがあってもリカバリできるくらい、とにかくキーを速く打てるようかなりの訓練を積みました。
こうやってブログを書くのも練習の一環といえます。
でも、本職のパンチャーには到底敵いませんでした。
実際にやってみたら慣れでもっとうまくなるかと思っていたのですが、駄目でした。
当初に比べたら正確性もスピードも向上しましたし、自分と同時に入った人に比べたら速い方でしたが、それより前に入っていた人の中には自分が必死の思いでやっているのと同じレベルのことを平然とやってのける人がいました。
最高レベルの人に対してはいくらやっても到底敵わないと思いました。そこではっきりと自分の力の無さを実感しました。
私はある意味負けず嫌いです。負けそうな勝負はすぐに降りるくらい負けず嫌いです。
ですから、こういった仕事の中でもナンバーワンの評価を得たいと考えます。
入力作業においては、スピードと正確性の両面で一番になりたいと思いました。
スピードだけ速くて不正確であってはならないし、スピードを落として確認作業を増やして正確性を上げるようなこともできません。
両面共に一番でなければ意味がありません。
しかし、それは自分には困難なことでした。
(もちろん、そんな理由で辞めたわけではありませんが。仕事を変わったのは別の理由です)
時間があればやれたかもしれないと考えなかったわけではありません。でも、多分無理だったでしょう。
そうまでして一番に拘るなんて、普通の人ならおそらく考えられないことだろうと思われます(どうせ給料は一緒ですし)。
これも、おそらく発達障害のAS的症状によるものなのでしょう。
ただ、実際にやり始めた頃よりも終わりの頃の方がスピードも正確性も向上したのは確かです。
目標を持ってやり続けた結果、自分のピーク値を更新してきたことは確かです。
この歳になってもまだ成長できるんだと分かっただけでも一つの成果だったとはいえるかもしれません。
目的意識と向上心がいかに大切かということを改めて実感しました。
続く。
パンチャーの仕事を専門にやったことは過去にありませんでしたが、幸いにもそちらの会社は経験不問で雇ってくれました。
専門にやったことはないというだけで、それに準じた業務をしたことがないわけではありません。なんでも屋的にやらされていたのが役に立ちました。
私はキータイプをきちんと学んだことはありません。
高校は工業系だったのでパソコンの操作そのものは学びましたが、キー入力のスキルは独学で身に着けたものです。
以前、日本語の文章筆記はかな入力で行っていました。当時は日本語ワープロ専用機が幅を利かせていましたし、パソコンでかな入力しようにもそもそもFEP(IME)のないものもあって、かな入力が当たり前だと思っていたからです。但し、BASICも使っていたので、必然的に英文のタイプもできるようにはなっていました。
とはいえ、当時はいわゆる「面かぶり」、つまりキーボードを見ながらの入力しかできなかったのですが。
ワープロ専用機が衰退し、パソコンもいわゆる「DOS/V」機(文字通りDOSが動いていた)が主流になってくると、ちょっと困った問題が生じるようになってきました。
それは、かなの刻印されていない英字キーボードを使うようになったということ。
もとよりそれほどかな入力に馴染んでいたわけではなく、どのキーを押したらどの文字が出てくるのかわからない状態だったので、やむを得ずローマ字入力を併用するようになりました。
それからWindows 95の頃まではローマ字とかなを併用していたのですが、それぞれ長所と短所がありました。
かな入力 長所:打鍵数が少なくて済む 短所:タッチタイプできない
ローマ字入力 長所:ホームポジションから外れる回数が減る 短所:打鍵数が多くて肩が凝る
スピードはどっこいどっこいでした。ローマ字でもタッチタイプは不充分でしたし、なにしろ疲れるので効率が良くなかったからです。
しかし、次第に世の中ローマ字入力が主流になり、自分がメインで使うパソコン以外のものが標準的にローマ字入力設定されているのが当たり前という状態になってきました。
そうすると、必然的にローマ字がメインになります。
更にパソコンを使う機会そのものが増えてきたのもあり、タッチタイプも不充分ながら自然とできるようになっていました。
そういった経緯で私も全面的にローマ字専門に移行したのです。
今でもかなで入力しろと言われたら、タッチタイプこそ出来ませんが可能ではあります。
その後一念発起し、本格的にタッチタイプを習得しようとしました。
元々ホームポジションなど意識せずに自己流でキーを叩いてきたので悪い癖が付いていたのですが、それを克服するのは結構大変な作業でした。
また、私は発達障害持ちなので(それが分かったのは最近ですが)、手先が人並み外れて不器用です。
小学生の頃、リコーダーが吹けなくて散々苦労しましたし、結局最後までうまく吹くことはできませんでした。その最大の理由は、指の動きがうまくコントロールできないからです。
それはゲームをする時にも同じで、シューティングゲームはあれだけやり込んでもやはり微妙なコントロールが出来ずにヘタクソなままです。
キーボードを叩く時にもその影響は出ています。
努力の結果、タッチタイプはマスターしました。手元を見なくても入力作業は行えます。
しかし、ミスタイプはいつまで経っても無くなりません。
その他にも、特定の流れの単語をタイプしようとしたら指がもつれたり(常に起きるから頻出単語はもつれ前提で辞書登録している)、テンキーがうまく打てなかったり(電卓もプッシュホンもダメ)もします。
ミスのない打鍵ができるようになるのはほとんど不可能と思えるくらい困難を極めました。
そのため、少々ミスがあってもリカバリできるくらい、とにかくキーを速く打てるようかなりの訓練を積みました。
こうやってブログを書くのも練習の一環といえます。
でも、本職のパンチャーには到底敵いませんでした。
実際にやってみたら慣れでもっとうまくなるかと思っていたのですが、駄目でした。
当初に比べたら正確性もスピードも向上しましたし、自分と同時に入った人に比べたら速い方でしたが、それより前に入っていた人の中には自分が必死の思いでやっているのと同じレベルのことを平然とやってのける人がいました。
最高レベルの人に対してはいくらやっても到底敵わないと思いました。そこではっきりと自分の力の無さを実感しました。
私はある意味負けず嫌いです。負けそうな勝負はすぐに降りるくらい負けず嫌いです。
ですから、こういった仕事の中でもナンバーワンの評価を得たいと考えます。
入力作業においては、スピードと正確性の両面で一番になりたいと思いました。
スピードだけ速くて不正確であってはならないし、スピードを落として確認作業を増やして正確性を上げるようなこともできません。
両面共に一番でなければ意味がありません。
しかし、それは自分には困難なことでした。
(もちろん、そんな理由で辞めたわけではありませんが。仕事を変わったのは別の理由です)
時間があればやれたかもしれないと考えなかったわけではありません。でも、多分無理だったでしょう。
そうまでして一番に拘るなんて、普通の人ならおそらく考えられないことだろうと思われます(どうせ給料は一緒ですし)。
これも、おそらく発達障害のAS的症状によるものなのでしょう。
ただ、実際にやり始めた頃よりも終わりの頃の方がスピードも正確性も向上したのは確かです。
目標を持ってやり続けた結果、自分のピーク値を更新してきたことは確かです。
この歳になってもまだ成長できるんだと分かっただけでも一つの成果だったとはいえるかもしれません。
目的意識と向上心がいかに大切かということを改めて実感しました。
続く。
他のブログを拝見していると、よく「定型はマルチタスク、ASはシングルタスク」という説を目にします。
意味不明な人々 コーチング②ASのこだわり
しかし、ASといえどもタスクスイッチャを備えていないわけではないと思うのですよ。
タスク切り替えの際のオーバーヘッドが大きかったり(気持ちの切り替えが遅い)、アプリケーションがハングアップしたら(パニック状態になったら)システム全体が機能不全に陥る(何も考えられなくなる)ことはありますが、段取りさえ把握していれば、そしてタスク切り替えがうまくいっているのなら、複数のアプリケーションを同時に動かす(複数の作業をこなす)ことは可能です。
要するに「一つの思考に捉われている最中はタスク切り替えが出来ない」ということであって、そういった意味では「シングルタスク」というより「ノンプリエンティブなマルチタスク」(以下「仮想マルチタスク」)と表現した方が適切なように思います。もっとも、こんな言葉で表現しても一般の人にはさっぱり訳が分からないでしょうが。
実際のOSにたとえると、
定型…Windows XP、AS…Windows 3.1
定型…Mac OS X、AS…漢字Talk7.1
というイメージです。
仮想マルチタスクのOSは、一つのアプリケーションが処理を行っている最中、他のアプリケーションは待っていなければなりません。アプリケーションは自発的に処理を引き渡さなければならない決まりになっているのですが、エラーが出たり終了処理がうまく出来なくて終了できない場合があります。これがいわゆる「ハングアップ」というやつです。そうでなくても、アプリケーションのデザイン次第ではCPU時間とメモリ領域を延々占有し続けることも可能ですが、それはAS流の「こだわり」の部分に似ています。
但し、定型でもPTSDなどで同じ状態になることはあるでしょう。これは「ウィルスバスターのアップデート後不具合」のような状態に相当するように思えます。
それ以外にも「メモリを占有したまま終了してしまう」ということもあって、これは思考にたとえると「過去の記憶に引きずられて他の事を考える余裕がなくなっている」状態に近いといえます。
シングルタスクならメモリの強制解放が可能ですが、仮想マルチタスクでは他のアプリケーションが使う可能性のあるメモリを強制解放させることは基本的にありません。その結果、電源を切るか、何らかのアプリケーションが解放するまでメモリの内容が保持され続けるわけです。
こんなことを書いていますが、まず「仮想マルチタスク」という用語が一般に通用しない以上、分かりやすい「シングルタスク」にたとえるのは正しいやり方といえます。
本質に関係ない細かい部分が気になるという点で、私は間違いなくAS的であるといえます。
「言ってやってもらっても」
「言ってやってもらっても」の意味が分からなかったのは私がAS的発達障害だからでしょうか?それとも単に私がアホなだけ?
5分くらい考えてやっと「自分からお願いして助けてもらっても」の意味だと分かりましたが…
その通り。
私も業務遂行上の問題がある場合は早めに支援を頼むよう心がけていますが(失敗経験が豊富なので学習した)、それ以外では切羽詰らないと支援を頼まないから、本当に困っているんだということはなかなか伝わらないのです。
つまり、0か1かの1ビット思考。
ところで、受動型が自分から動いた場合、ほとんど「積極奇異」と同様になります。
2001年から数年間の私はまさにその状態で、まったく孤立していた状態から「普通の人間関係を築きたい」と無理して自分を動かした結果、積極奇異のような行動パターンを取っていたようなのです。しかも自分では何が気に障っているのか分からないという。
動けば変な人扱いされ、動かなければ根暗な人扱い。
ついでにAS同士のコミュニティではみんな自己中だからまとまれない。
「分かってくれとは言わないが そんなに俺が悪いのか」と素で言いたくなります。
意味不明な人々 コーチング②ASのこだわり
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これに対しASは、注意集中も考え方も好みも、ほとんど全ての認知と行動が「変化に対応できない」特徴を持ち、それが時として合理的な説明が不可能なことから、「こだわり」と呼ばれることが多い。
パソコンで言えば「一つのタスク、プログラムを立ち上げると、電源を切るまで終了できない」というような形で融通が利かない。
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しかし、ASといえどもタスクスイッチャを備えていないわけではないと思うのですよ。
タスク切り替えの際のオーバーヘッドが大きかったり(気持ちの切り替えが遅い)、アプリケーションがハングアップしたら(パニック状態になったら)システム全体が機能不全に陥る(何も考えられなくなる)ことはありますが、段取りさえ把握していれば、そしてタスク切り替えがうまくいっているのなら、複数のアプリケーションを同時に動かす(複数の作業をこなす)ことは可能です。
要するに「一つの思考に捉われている最中はタスク切り替えが出来ない」ということであって、そういった意味では「シングルタスク」というより「ノンプリエンティブなマルチタスク」(以下「仮想マルチタスク」)と表現した方が適切なように思います。もっとも、こんな言葉で表現しても一般の人にはさっぱり訳が分からないでしょうが。
実際のOSにたとえると、
定型…Windows XP、AS…Windows 3.1
定型…Mac OS X、AS…漢字Talk7.1
というイメージです。
仮想マルチタスクのOSは、一つのアプリケーションが処理を行っている最中、他のアプリケーションは待っていなければなりません。アプリケーションは自発的に処理を引き渡さなければならない決まりになっているのですが、エラーが出たり終了処理がうまく出来なくて終了できない場合があります。これがいわゆる「ハングアップ」というやつです。そうでなくても、アプリケーションのデザイン次第ではCPU時間とメモリ領域を延々占有し続けることも可能ですが、それはAS流の「こだわり」の部分に似ています。
但し、定型でもPTSDなどで同じ状態になることはあるでしょう。これは「ウィルスバスターのアップデート後不具合」のような状態に相当するように思えます。
それ以外にも「メモリを占有したまま終了してしまう」ということもあって、これは思考にたとえると「過去の記憶に引きずられて他の事を考える余裕がなくなっている」状態に近いといえます。
シングルタスクならメモリの強制解放が可能ですが、仮想マルチタスクでは他のアプリケーションが使う可能性のあるメモリを強制解放させることは基本的にありません。その結果、電源を切るか、何らかのアプリケーションが解放するまでメモリの内容が保持され続けるわけです。
こんなことを書いていますが、まず「仮想マルチタスク」という用語が一般に通用しない以上、分かりやすい「シングルタスク」にたとえるのは正しいやり方といえます。
本質に関係ない細かい部分が気になるという点で、私は間違いなくAS的であるといえます。
「言ってやってもらっても」
「言ってやってもらっても」の意味が分からなかったのは私がAS的発達障害だからでしょうか?それとも単に私がアホなだけ?
5分くらい考えてやっと「自分からお願いして助けてもらっても」の意味だと分かりましたが…
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>「そもそも自分から動く必要自体ありえない」「当然相手から動くべきだ」
客観的にはそう見えるんだろうなとは納得できます。
でもAS側からの意見としては、ちょっと違います。
何か人にお願いしたい時は、頼みます。
ほんとに必要だと思う欲求の時は、強い表現します(それが突然だから周囲がびっくりすることが多いかも)
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その通り。
私も業務遂行上の問題がある場合は早めに支援を頼むよう心がけていますが(失敗経験が豊富なので学習した)、それ以外では切羽詰らないと支援を頼まないから、本当に困っているんだということはなかなか伝わらないのです。
つまり、0か1かの1ビット思考。
ところで、受動型が自分から動いた場合、ほとんど「積極奇異」と同様になります。
2001年から数年間の私はまさにその状態で、まったく孤立していた状態から「普通の人間関係を築きたい」と無理して自分を動かした結果、積極奇異のような行動パターンを取っていたようなのです。しかも自分では何が気に障っているのか分からないという。
動けば変な人扱いされ、動かなければ根暗な人扱い。
ついでにAS同士のコミュニティではみんな自己中だからまとまれない。
「分かってくれとは言わないが そんなに俺が悪いのか」と素で言いたくなります。
Marginal Eyes 授業に出るほど成績が下がるメカニズム
あぁ、なんかよく分かる!
私も、高校1〜2年の頃の国語(現国とかじゃないのよ、工業系だから)はクラスでトップ取っていたのに、担当が代わった3年次にはボロボロになったという思い出があります。
でも状況についてはこちらの方とはちょっと違っています。
1〜2年次はごく普通だったのですが、3年次の教師は授業をまともに進めず、テスト前になってプリントを配布し「こことここが出るから」とだけ言ってテストを受けさせるタイプでした。工業科だからその程度で構わないという認識だったのでしょう。実際、クラスの平均点は上がりました。そんな中、私だけ20〜30点下がりました。
私はとりあえず授業中は真面目に板書し、教師の言葉をできるだけ聞き逃さないようにし、そしてテスト前には試験範囲のノートと教科書を見返して頭に叩き込むというのが基本的な勉強法でした。
それなのに、授業をやってくれないのですから、成績など上がるはずがありません
そして、自分の文章の解釈と、教師の用意した答えに相違があって間違いにされたという問題も多々ありました。だから長文読解はボロボロ。私もその頃は逆方向にトンがっていました(一見真面目だが融通の利かないお堅い人間だった)し、学校一図書館から借りた本の多い生徒でもあった(今考えるとそれも障害の表れなのですが)ので、「俺の解釈の方が正しい」とばかりに教師の用意した答えを無視していたのもあります。というか、今でも私の方が正しかったと思っていますが、丸くなった今なら割り切って用意された答えを書き込むでしょう。
試験といえば、私はマークシートが大の苦手でした。
というのも、手先の不器用さと美しく塗りたいというこだわりのあまり、マークする作業自体に時間が掛かっていたからです。
黒く塗りつぶすタイプだと、余白が気になってしつこく塗り直し、でも不器用だからはみ出して、わざわざ消して塗り直す。
直線を引くタイプだと、短くてもミミズがのたくったな線になるので、線間が黒く埋まるまで何往復かしないと気が済まない(リーダーの特性さえ知っていればそれで読み取れるレベルに収めて妥協できたのに…)。
今でも就職向けの知能テストなどでマークシートが出てくると、それだけで緊張しますし、ただでさえ足りない時間が記入時間に取られて悲惨な成績になります、というかなっていると思われます(結果は教えてもらえないので)。
一方、情報処理試験あたりだと充分すぎるくらい時間が余るので、さほどハンデとはなりません。
要するに、記入の苦手さを早解きでカバーしてきたので、基本的に時間が足りない知能テストではまともに足を引っ張られる、というわけです。
私は大学入試を受けたことがないのですが、もし受けていたとしたら、きっとマークシート対策が必要だったでしょう。
学生時代に対策をやっておいた方が良かったのか、大学受験で失敗せずに済んで助かったのか、今となっては判断しようもありません。
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板書をきちんと取ってくれる先生ばかりなら、私だってきちんと授業に出た。
しかし話術のみで授業を展開する先生の授業は、出ていると本当に混乱してしまって、出れば出るほど成績が落ちたのだ。
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あぁ、なんかよく分かる!
私も、高校1〜2年の頃の国語(現国とかじゃないのよ、工業系だから)はクラスでトップ取っていたのに、担当が代わった3年次にはボロボロになったという思い出があります。
でも状況についてはこちらの方とはちょっと違っています。
1〜2年次はごく普通だったのですが、3年次の教師は授業をまともに進めず、テスト前になってプリントを配布し「こことここが出るから」とだけ言ってテストを受けさせるタイプでした。工業科だからその程度で構わないという認識だったのでしょう。実際、クラスの平均点は上がりました。そんな中、私だけ20〜30点下がりました。
私はとりあえず授業中は真面目に板書し、教師の言葉をできるだけ聞き逃さないようにし、そしてテスト前には試験範囲のノートと教科書を見返して頭に叩き込むというのが基本的な勉強法でした。
それなのに、授業をやってくれないのですから、成績など上がるはずがありません
そして、自分の文章の解釈と、教師の用意した答えに相違があって間違いにされたという問題も多々ありました。だから長文読解はボロボロ。私もその頃は逆方向にトンがっていました(一見真面目だが融通の利かないお堅い人間だった)し、学校一図書館から借りた本の多い生徒でもあった(今考えるとそれも障害の表れなのですが)ので、「俺の解釈の方が正しい」とばかりに教師の用意した答えを無視していたのもあります。というか、今でも私の方が正しかったと思っていますが、丸くなった今なら割り切って用意された答えを書き込むでしょう。
試験といえば、私はマークシートが大の苦手でした。
というのも、手先の不器用さと美しく塗りたいというこだわりのあまり、マークする作業自体に時間が掛かっていたからです。
黒く塗りつぶすタイプだと、余白が気になってしつこく塗り直し、でも不器用だからはみ出して、わざわざ消して塗り直す。
直線を引くタイプだと、短くてもミミズがのたくったな線になるので、線間が黒く埋まるまで何往復かしないと気が済まない(リーダーの特性さえ知っていればそれで読み取れるレベルに収めて妥協できたのに…)。
今でも就職向けの知能テストなどでマークシートが出てくると、それだけで緊張しますし、ただでさえ足りない時間が記入時間に取られて悲惨な成績になります、というかなっていると思われます(結果は教えてもらえないので)。
一方、情報処理試験あたりだと充分すぎるくらい時間が余るので、さほどハンデとはなりません。
要するに、記入の苦手さを早解きでカバーしてきたので、基本的に時間が足りない知能テストではまともに足を引っ張られる、というわけです。
私は大学入試を受けたことがないのですが、もし受けていたとしたら、きっとマークシート対策が必要だったでしょう。
学生時代に対策をやっておいた方が良かったのか、大学受験で失敗せずに済んで助かったのか、今となっては判断しようもありません。





